2015年は、高齢ドライバー問題が大きな社会問題となり、世論の関心は高く、新聞やテレビで取り上げられる機会も増えている。高齢者が自動車事故の加害者となるケースが増え、認知症を患ったドライバーによる事故も起きている。今年に入って、75歳以上の高齢者講習時に実施される認知機能検査に基づく免許更新手続きを、より厳しくする道路交通法改正が行われた。高齢ドライバーを取りまく中年以下の人たちの意見は大変厳しく、「危ないから運転は止めてほしい」が最大公約数であり、高齢ドライバーの運転は法律で禁止してほしいと言う意見まで出ている。
しかし、マスコミが高齢ドライバー問題を誇張して報道する余り、最も重要な問題が見逃されている。1990年代後半から交通事故死者数は大幅に減少しているが、死者数全体に占める65歳以上高齢者の割合は年々増加し、2009年に遂に50%を超え、その後も増加している。そして、65歳以上の死亡事故のおよそ半分は「歩行中」である。さらに、歩行中の死亡事故は、交通事故死亡者全体で見ても3分の1以上を占め、先進国の中で突出して高い。すなわち、日本の交通事故問題は、歩行中の死亡事故問題が最大の問題であり、超高齢社会の進行と共に、とりわけ高齢者が犠牲になるケースが増えているのである。これが見逃され、高齢ドライバー問題ばかりが取り上げられていることが大変懸念される。
歩行中の死亡事故が多い背景には、1970年代以降、車社会が急ピッチで進み、歩道の整備が大幅に遅れていることがあげられる。多くの自動車が歩道のない狭い道を行き交い、高齢者が溝板の上を歩かざるを得ない光景は、地方社会のどこでも見られる。交通社会の原則からすれば、歩行者、自転車、公共交通機関、そして自動車は、交通参加者として対等であるはずであるが、日本の交通社会では、自動車に大きな優先権が与えられている。これは欧州の交通社会ではあり得ないことである。対策としては、自動車優先主義を改め、走る凶器になる自動車を操る全ドライバーに対して、厳しい条件が課される必要がある。決して、一定年齢以上の高齢者だけをターゲットするべきではない。この考え方を交通政策の根幹に据え、そうした政策を積み重ねていけば、必然的に高齢ドライバーの免許の自主返納へとつながると考えられる。(所正文)