2016年3月25日

真の進歩思想を考える


1980年代の日本の交通・運輸現場を思い起こしてみたい。宅配便が急成長し、国民生活は短期間で見違えるように便利になった。一般市民の出す小さな荷物に目が向けられ、あらゆる荷物がわずか1000円前後で、全国どこでも翌日配達可能な配送システムが構築され始めたのである。70年代後半に地方から上京し、色々と不便を強いられながら、学生を経て社会人と生活していた筆者からすれば、まさに画期的な社会変革の一つとして強く印象に残っている。顧客のニーズ(必要性)のあるところに営業のシーズ(種)を求めるといった、いわゆるマーケティング思想が運輸業界に急速に導入された結果と理解される。
しかし、「光が当たれば、必ず影ができる」ということを忘れてはならない。すなわち、小さな荷物を日本国中へ翌日配達するためには、夜通し高速道路を走るドライバーがいなければ、そのシステムが成り立たないことも事実である。彼らは、高速道路上のサービスエリアでわずかな仮眠をとり、あるいは食事、給水をしながら仕事を続けているのである。長距離ドライバーの限界年齢35歳説の根拠は、こうした労働条件にある。一部の労働者の生活を犠牲にしなくては成り立たない「経済のサービス化」の偏った方向への進行に対して、筆者は当初から疑問を感じていた。あらゆる荷物を全国に翌日配達するシステムが本当に必要なのだろうか? 郵便にも速達と普通便があるため、宅配便にも普通便があっても良いのではないかというのが筆者の考え方であった(所,1992)。ちなみに、ヨーロッパ諸国では、夜間や休日のサービスはあまり行われていない。過剰なサービスを実現するために、一部の労働者の「労働の人間化」の阻害を許容しないためと考えられる。これに対して、わが国では、90年代以降の情報技術の発達により、労働者管理がより強化されていった点も見逃せない。
利便性の拡大は、新たな問題を生み出していく。携帯電話やスマートフォンの普及には、確かに優れた利便性もあるが、数々の弊害も生じている。過去には存在しなかった情報犯罪が発生しているからである。
高齢者の運転問題についても同じことが言える。80年代には、70歳以上で自動車を運転する人は極めて少数であった。しかし、2015年には、70歳代前半・男性の87%、女性の49%が運転免許を保有している。それ故に、30年前にはあまり意識しなかった問題に対して、我々は本腰を入れて取り組まなければならないのである。(所正文)
文献:所正文(1992)日本企業の人的資源 白桃書房