2014年8月23日

車と生活

「交通は社会の縮図」である。
生活の舞台となる社会が高齢化すれば、交通現場にもその影響は現れる。
交通社会と社会全体が、表裏一体であるとするなら、
交通社会の変革が社会全体の変革に繋がる。



アウトライン:車と生活

(以下、解説 : 所 正文)


日本の交通事故死者数は年々減少しているが、
交通事故死者数全体に占める高齢者の割合は逆に年々増加しており、
2009年以降は50%を超えている。


交通警察行政では、
先進国で唯一、70歳以上に対して免許更新時に一律に高齢者講習を導入し、
さらに75歳以上には認知症の簡易検査を行うなど、
高齢者の方々に運転能力の低下を自覚してもらおうと努めている。
世論を含めて、総じて高齢ドライバーを取りまく人たちの多くは、
危ないから運転は止めてほしい」という意見のようである。


高齢ドライバーの方々は、
運転を止めてしまえば、移動手段を奪われることになり、
病院へも買い物へも行けなくなるため、強く反発している。
この背景には、わが国の大部分の地域が、公共交通機関の発達が不十分であり、
マイカーに依存した移動を強いられていることが関係している。
加えて、車の免許を持つことが
高齢者にとって自立の象徴になっていることも関係している。


そのため、主に公共交通機関が不十分な地域で、
自治体主導で運転を断念した人、
あるいは運転免許を保有していない人のための移動手段確保のために
デマンド交通システム(=ワゴン車等による乗合タクシーシステム)」が
導入され始めている。


わが国の地方都市に、
これから公共交通機関を復活させることは極めて困難であるため、
今後10数年、すなわち、2010~20年代頃までの
地方社会の交通システムを展望すれば、
デマンド交通システムの構築がベストである。


わが国よりも一足早く車社会を展開し、
すでに高齢社会に突入している欧州先進諸国の場合
高齢ドライバー問題は基本的に大きな問題にはなっていない。

理由は、高齢者は自分自身が危険と感じたら
自主的に運転免許を手放す人が多いからである。
個人差が大きく、80歳を超えても運転を続けている人もあれば、
また60歳代でも運転を断念する人もいる。


交通社会を制御しているルールは市民全員が絶対に守らなくてはならず、
また守らない人に対しては厳罰を持って処す態勢が、
欧州社会では交通行政当局によってきちんと構築されている。
そのため、交通社会に参加する最低ラインであるルールを
守れそうもなくなったと自分自身で感じたときには、
高齢者は静かに身を引いている。
すなわち社会全体が高齢ドライバーに対して自己責任を求めるスタンスであるため、
日本のように一定年齢以上の人に対して一律に講習を課す必要はない。


欧州の地方都市の場合、
一定の公共交通機関が整備されているため、
運転を断念しても、高齢者にとってその後の生活にあまり不便が生じない。
欧州では20世紀後半に車社会が本格化しても、
地方都市の道路から路面電車が駆逐されることはなかった。
その理由は、公共交通機関とマイカーとの役割分担が
きちんとルール化されたことにある。


一方の日本は、
1970年代になると、経済性の原理だけで自動車が地方都市の道路へ侵入したため、
経済効率に勝る自動車のみが生き残り、路面電車や自転車が駆逐された。
そのため、量販店、病院、公共施設は、
広い駐車場を確保するために郊外への移転を余儀なくされた。
これによって、地方都市の中心部は空洞化した。
そして、マイカーを持たなければ買い物にも病院へも行けなり、
日本の高齢者は、少々の健康上の問題が生じても
運転免許を持つことに執着せざるを得ない


交通は社会の縮図」であるために、
生活の舞台となる社会が高齢化すれば、
交通現場においても、その影響は随所に現れる。
交通社会と社会全体が表裏一体であると考えれば、
交通社会の変革が社会全体の変革に繋がる。


ヨーロッパの交通社会には、
日本の交通社会では見られないシステムが色々と存在する。
こうしたシステムがヨーロッパ社会に定着している背景を探っていくと、
最終的には文化論的な視点にたどり着く。
自動車交通と環境問題、交通事故対策、
そして超高齢社会との関係で21世紀の日本が目ざすべき社会を考えると、
行き着く先はいずれもヨーロッパ型の社会であり、アメリカ型ではない。


21世紀中頃には、総人口が現在に比べて4000万人近く減少し、
その上高齢者比率が大きく上昇する。
そのため、経済の活力を維持する手段として、
アジア近隣諸国からの外国人労働者の受け入れが有力視されている。

高齢者に不向きとされる交通運輸部門の職種の多くは
外国人労働者に委ねられることになり、
とりわけバスやタクシー、宅配便ドライバーなどは、
基本的に若い外国人ドライバー主体の職業組織になるだろう。

すでにその兆候が見られる。
警察庁が自動車教習所テキスト、および運転免許の学科試験に関して、
日本語以外に中国語、英語、スペイン語、タガログ語などの採用を
各県警本部に通達し、
特に中国語テキストの印刷部数が増えているとのこと。
このままいくと2030年を待たずして、
日本の交通運輸の現場は中国人によって席巻されそうである。


新しい市民社会が構築されれば、
日本の高齢者は自ら危険を冒して運転をすることもなく、
ある程度のところで運転を断念することに抵抗を感じなくなるだろう。
そして、一人暮らしの高齢者が非常に多くなるため、
高齢者は比較的都市部で
定年退職後の人生の一時期を過ごすことになるだろう。
コンパクトシティー化の促進)

自動車交通の観点からすれば、
都市部は基本的に公共交通機関を利用した移動を原則化し、
自動車での移動は物流業者や緊急車両など大幅に制限されるように思う。


また、高齢者の移動に関しては、
現在少しずつ導入が進んでいるデマンド交通システムとは異なりそうだ。
その理由は一人暮らしの高齢者が激増すると、
彼らは公共交通機関が利用できる都市部へ移動すると予想されるからだ。
それによって、現在大きな課題となっている
地方社会で暮らす高齢ドライバーの問題、
すなわち、運転免許を断念すると病院にも買い物にも行けない
と言った難問は自然に解決する。


そして、都市部に高齢者が集まることにより、高齢者同士の交流が活発化し、
再婚なども今より多くなると予想される。
これによって、「孤族化」といわれる問題も徐々に解決の方向へ向かえば好ましい。

[引用文献]所正文著『車社会も超高齢化:心理学が解く近未来』学文社, 2012年.



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